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全国に誇れるお菓子で復興を
陸前高田で年輪を重ねる「おかし工房木村屋」

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全国に誇れるお菓子で復興を<br>陸前高田で年輪を重ねる「おかし工房木村屋」の写真

東日本大震災をはじめ日本中で多発している台風、豪雨、地震などの自然災害や、新型コロナウイルス感染症の流行などは、大きな社会変化を及ぼすと同時に、私たちの生活そのものや価値観にも大きな影響を与えてきました。

「知って、買って、応援 ~ものがたりが、ここにある~」企画では、さまざまな変化に屈することなく前を向き、よいものをつくり続ける。 そんな、現場の声をお届けすると共に、実際に作られた商品を紹介していきます。

社会変化を受け入れながら、変化する生活様式により合う形を追求した生産者のこだわり商品は、きっと、あなたの生活にぴったりと寄り添い、豊かさを一緒に育んでくれることでしょう。

◇ ◇ ◇

岩手県陸前高田市気仙町に90年以上に渡って地元の方から愛され続ける名店「おかし工房木村屋」はあります。

代表の木村昌之さんは「私の祖父が昭和元年(1926年)に、行商のようなかたちでお菓子の注文販売を始めたんです。お菓子といっても“あめっこ(あめ玉)“や”けんけらっと(ひねりあめ)”のような駄菓子が中心でした」と、創業の歴史を語ります。

「『ゆべし』や、『雁月(がんづき)』のような東北地方の郷土菓子を作り始めたのは父が跡を継いでからのことです。元は各家庭で作られていたものですが、自分で作るのはなかなか大変なので、買い求める方が多くなっていきました」(木村さん)

パン職人の修行経験のある昌之さんが跡を継いでからは、洋菓子やパンなどのラインナップを増やし、「1軒で和菓子からケーキまで様々なお菓子が揃う」現在のスタイルとなり、ますます人気が高まりました。

しかし、2011年に東北を襲った東日本大震災は、木村さんからお店と自宅の二つを奪いました。特に地元の気仙町の被害は大きく、津波は建物の4階部分まで達し、260名もの方が犠牲になりました。

木村さんは、その状況から立ち上がり、プレハブ施設での営業再開を経て新店舗での再起を果たしました。震災から10年、これまでの歩みと共に、お菓子作りに対するこだわりや、復興への思いをお聞きしました。

今回ご紹介する現場

昭和元年に創業し、100年近い歴史をもつ老舗の製菓店。祖父の代の駄菓子製造に始まり、地元の郷土菓子、現在はパンや洋菓子など幅広い品揃えで地元の人に愛されるお店。2011年の東日本大震災で被災し、二つの店舗が流出。プレハブ小屋での営業を経て、4年後には新しい店舗での営業を再開しました。

おかし工房木村屋の「夢の樹(いつき)バウム」

二度目の大きな喪失に、力を失いかけた

おかし工房木村屋

100年近い歴史を持つ木村屋ですが、その道のりで二度の大きな喪失を経験しています。
一度目は1989年1月11日、店舗に併設していた工房からの出火によってお店が全焼してしまいます。

「町の皆さんからのお見舞いやたくさんの励ましの言葉に背中を押されて、再建を急ぎました」(木村さん)

火災からわずか3カ月後には新店舗を建て直し、再スタートを切った木村さん。懸命に店を盛り立て再建が進んだ頃、本店から気仙川を挟んですぐのところにできた『道の駅高田松原』の中に2号店を出店しました。

そして二度目が、2011年3月11日に起こった東日本大震災です。震災当時を木村さんはこう振り返ります。

「その時、私は本店から道路を一本挟んだ自宅にいました。書類の整理をしていたんですね。すぐに店舗を見に行くと店内はもうめちゃくちゃな状態で。避難勧告の放送があったのですぐに従業員を帰し、私の息子と母にも避難するように言いました。2号店には妻と従業員達がいたのですが、電話が通じないので様子を見に行こうとしました。しかし2号店に向かおうと車を走らせていると、気仙川を渡る橋が崩落の危険があるということで封鎖されていたんです。仕方なく、私も車を置いて高台へ歩いて向かいました」

避難の際には、木村さんのすぐ後ろまで津波が迫っていたといいます。

「高台から私を見ていた人たちが『大変だ!急げ!』と叫んでいて、最初は何か冗談を言っているのかと思いました。しかし尋常ではない様子に、途中からは走って階段を駆け上がりました。上から見ていた人たち曰く『間一髪だった』と」

おかし工房木村屋

木村さんは、高台から自宅と店舗が津波に飲まれる様子を目撃しています。

「その時の思いは、言葉になりません。気仙町の600軒以上あった家のうち、残ったのはたった5軒ほどでした」

家族は無事だったものの、町の被害の大きさに「あと5年は、商売を再開しても誰も買いに来られないだろう」と絶望したという木村さん。

「火事で店を失った時、私は32歳でした。まだ若かったので、再建がどれだけ大変なことかも知らず無我夢中だったおかげでやってこられた側面もあったと思います。しかし、50歳を超えて自宅と店舗二つを失い、それらを立て直すのにどれだけ苦労するかもわかっている中で、どうしたらいいのかという思いでした」

お菓子の存在意義を気づかせてくれた、町の人の笑顔

おかし工房木村屋 木村さん

お菓子作りの機材や場所を失った木村さんは、支援物資を小規模な避難所や個人宅へ配送するボランティアを始めました。2カ月ほど経った頃、あることに気づきます。

「お菓子を届けた時だけ、皆さんの反応がまるで違うんです。表情が明るくなって『これはどこのお菓子なの?』『どうやって食べるとおいしいのかしら』と会話が弾みました。被災直後は今を生きるために必要な衣類や食料などが不可欠でした、でも数カ月経つと必需品以外のものの大切さが身に染みるんです。『お菓子はただの食料じゃない、こういう状況でも必要とされるものなんだ』と気づくことができました」

ボランティアをする中で、地元の方から「木村屋さんはいつ再開するの?」「あの懐かしいお菓子を食べたいので、頑張ってください」と、再起を望む言葉がたくさんかけられました。

海岸の様子

現在、海岸沿いには大きな堤防が建てられている

「80歳を超えた私の母も『わたしも頑張るから、もう一度店をやろうよ』と言ってくれて、これだけの声があるなら店を復活させようじゃないかという気持ちが湧いてきました」

再起を模索する木村さんに、出会いが訪れました。

「石川県で老舗のお菓子屋さんを営まれている方がボランティアに来てくださっていて、お会いしたんです。『またお菓子を作りたいが、場所や機材がない』とお話ししたところ、その方が能登半島地震で被災された時に、コンテナを改造してお店の代わりに使っていたと聞きました。『そのコンテナを残してあるから、無償でお貸ししますよ』と、1週間後にトラックで運んできてくださったんです」

木村さんは、約3カ月間コンテナの店舗で「ゆべし」や「雁月」などのお菓子を作り、販売を始めました。

「店と一緒に、何十年も溜めてきたレシピをすべて失いました。記憶を辿りながら、お菓子の作り方を少しずつ取り戻していくような時間でした」

奇跡の一本松をモチーフにした「夢の樹(ゆめのいつき)バウム」

コンテナでの営業と並行して、プレハブ店舗の準備を進めました。

「仮設の店舗だとしても、お客さまに楽しんでいただける店にしたいと思い、内装にもこだわりました。外は瓦礫だらけで灰色の世界。お店を訪れるひと時だけでも忘れられるよう、明るく幸せを呼ぶ色ということで赤を基調にしました」

おかし工房木村屋

2012年5月にオープンしたプレハブ店舗は、瓦礫撤去作業が続く状況にも関わらず、多くの人で賑わいました。

「実は、当初のオープンは3月の予定でした。しかし新しいお菓子の開発に予想以上に時間がかかり、5月に伸ばしたんです」

木村さんがそこまでこだわって作り上げたのが「夢の樹(ゆめのいつき)バウム」。原材料には、陸前高田のブランド米「たかたのゆめ」の米粉と、岩手県紫波町産の南部小麦、三陸産の有精卵や小岩井農場のバターが使われています。

夢の樹(ゆめのいつき)バウム

「私たちが目指すのは復旧ではなく復興です。震災前よりもいい町、いい店にしたい。そのためには新しいお菓子が必要だと思いました。
バウムクーヘンにしたのは、年輪のような模様が復興を祈りながら歩んでいく私たちにぴったりだと思ったからです。陸前高田の高田松原で唯一生き残った『奇跡の一本松』をイメージしました」

奇跡の一本松

高田松原津波復興祈念公園内にある「奇跡の一本松」。震災後一度枯死したものの、寄付金により現状の形に再整備された

当時、神戸で行われたお菓子の勉強会に参加した木村さんは「これからの時代はハード系のバウムクーヘンがいいのでは」とアドバイスをもらったといいます。外側のボコボコとした木の節のような形や、表面はカリッと、中はしっとりした食感の差を生み出すため試行錯誤を重ねました。

完成した「夢の樹バウム」は、発売から9年経った今でも幅広く支持され、全国からの注文も非常に多い木村屋1番の人気商品となっています。

4年をかけ、ついに実店舗を再建

プレハブ店舗で営業を続けながら、木村さんはついに2015年3月に現在の実店舗をオープンさせました。

おかし工房木村屋

クリーム色のレンガ模様の壁や、真っ赤な扉が特徴的なヨーロッパ調のお店は、イートインスペースや和菓子、洋菓子、パン売り場を備え、お客様が楽しく時間を過ごせる空間になっています。 「新設店舗での営業を再開したのは、市内の中ではかなり早いほうでした。『復興のシンボルだ』と喜んでくださる方もいましたね」

新設店舗を建てるためには、町全体の「かさ上げ」を待たねばなりませんでした。

「再び津波が起こった時に備えて、15mほど土を盛り上げて、土地そのものから作らなければなりませんでした。また、店を建てるための土地を求めようとしても、地権者の方が亡くなっていたり行方のわからない方が非常に多かったため、実店舗の工事を始めるまでには震災から3年が掛かりました」

また、再建資金を集めるために、クラウドファンディングによる支援も募りました。

「陸前高田市と気仙沼でクラウドファンディングの会社をやっていた方が、『被災地のために』と、いち早く立ち上げてくださっていたんです。2011年の4月にはもう募集が始まっていました。私は2011年9月頃から参加させていただいて、6カ月間かけて目標の金額を集めることができました。 『夢の樹バウム』の商品名は、クラウドファンディングの支援者の方たちに候補を呼びかけて名付けたものなんです」

全国に誇れるお菓子を作り、復興の力になりたい

気仙町をはじめ全国から多くの人の応援があり、木村さんは復興への道を歩んできました。

「震災からの10年は、本当にあっという間でした。通常は30年、50年かかることをこの10年でやってきた気がします。
震災で亡くなられた方も、震災のあと非常につらい思いを抱えて生きられなかった方もいます。道半ばで亡くなっていった友人や先輩を思うと、そういう方々がやりたかったことや、意志を継いでいかなければならないと思います。
そのためにも、気仙町を震災前にも増していい町にしていかなければなりません」

木村さんは町の復興のために、「全国に通用するようなお菓子を作りたい」と強く思うようになったと言います。

おかし工房木村屋 木村さんと店内

「最初の頃は、私も行政の方と町の再建のディスカッションの場に参加させていただきました。しかし、まちづくりや組織作りに関しては私よりずっと優れた方がたくさんいます。途中から、自分が本当に町のためにやれることは、多くの人に喜ばれるお菓子をしっかりと作ること、そして従業員の雇用を作り出していくことが大事なんだと強く思うようになりました」

さらにその思いを強くするできごとがありました。

「営業を再開して間もない頃、九州のイベントで『気仙ゆべし』を購入いただいたというお客さまから、1本の電話があったんです。その方は『包装も含めてお菓子という商品なんだ、味が良くてもこれでは次は買わないよ』と仰いました。当時は包装紙や梱包する資材の入手が困難で、シールなどは手作りしていた時期です。イベントのような場には似つかわしくないからと出店はお断りしていたのですが、『すぐに切ってその場で食べるから』ということでしたので、ラップに包んで簡素な包装でお送りしました。ところが、手違いで持ち帰られた方がいらっしゃったようで。当然、事情を知らないので、雑なラッピングを見て連絡をいただいたのだと思います。

その出来事をきっかけに、被災地の被災企業ということに甘えがあったと気づかされ、大きな衝撃を受けたと同時に非常に反省しました。そこから考えが変わって、被災企業だから買ってもらえるのではなく、『全国の有名なお菓子屋さんと肩を並べられるようなお菓子を作らなければ』と思うようになりました」

お菓子は誰かに贈ったり、贈られたり、人の思いも込めて「包む」もの。味だけでなく、包装、接客、電話の応対など、すべてに満足してもらえるようになってこそ復興なんだ、という思いでお店作りをしてきた木村さん。

今後はさらに、食物アレルギーに対応したお菓子の開発や、町の高齢者、障害を持つ方などの雇用を創出していきたいと話します。

「すでに何人か働いていただいていますが、高齢の方は若い人とは違うところに気がつきますし、仕事も丁寧です。障害を持つ方も、得意なことを生かして一生懸命やってくれています。そういう方が力を発揮できる雇用の場を増やしていきたいですね。そのためにも健康に配慮した、おいしいお菓子を作っていかなければならないと思っています」


取材・文:都田ミツ子

おかし工房木村屋の商品はこちら

おかし工房木村屋の「夢の樹(いつき)バウム」

原材料は地元食材にこだわり、陸前高田のブランド米「たかたのゆめ」の米粉や、岩手県紫波町産の南部小麦、三陸産の有精卵や小岩井農場のバターが使われています。カリッとした表面と、しっとりやわらかい内側の食感もおいしいバウムクーヘンです。

編集

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