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東北とアフリカの遺児が成し遂げた、奇跡のブロードウエイ公演

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東北とアフリカの遺児が成し遂げた、奇跡のブロードウエイ公演の写真

「こどもの日」にはためく「青」

晴れた空。青いこいのぼりが、気持ちよくはためいています。
その数1000以上。
今年も「こどもの日」にかけて、被災地の空が青に染まります。

この「青い鯉のぼりプロジェクト」の共同代表は、宮城県東松島市役所職員の伊藤健人さん。東日本大震災で祖父母、母、弟の家族4人を失いました。当時高校2年生だった伊藤さんはどん底の状況の中、自宅近くで青い鯉のぼりを見つけました。弟の律君(当時5歳)が大好きだった鯉のぼりでした。
「天国で寂しくないように」と震災2カ月後の2011年5月5日、200匹以上の鯉のぼりが掲げられ、鯉のぼりプロジェクトは始まりました。今では津波で犠牲になった子どもたちを追悼し、未来に希望を託すプロジェクトになっています。
伊藤さんの自宅があった東松島市の大曲浜地区は現在、復旧工事が進み、風景が一変しました。そしてプロジェクト自体の役割にも変化があるようです。
「おかげさまでたくさんの方の支えがあり、青い鯉のぼりに震災以外の思いを託す人もいらっしゃいます。こどもの日(5月5日)はさまざまな思いを持つ方も、みんなで同じ鯉のぼりを見て、同じ未来を向くことができる日だと思っています」。

青空を泳ぐ鯉のぼりは、とても気持ちよさそうです。

遺児と若者が世界3カ国から集う壮大なミュージカル

青い鯉のぼりプロジェクトで伊藤さんは、和太鼓を打ち鳴らします。律君も大好きだった楽器でした。

震災後に伊藤さんは、作曲家・佐藤三昭さん(宮城県美里町)を中心とした和太鼓ユニット「閾(いき)」に参加しました。そこで、人生を変える「出会い」にめぐりあいます。

日本の震災孤児とアフリカのエイズ孤児、そして米国のアイビーリーグ級有名大学の学生という3カ国の若者が集う企画でした。しかも日本とニューヨークのブロードウエイでミュージカル公演をするという壮大なものです。遺児を支援する「あしなが育英会」が、名前の由来である小説「あしながおじさん」(1912年発表)刊行100年を記念して企画しました。出演者は素人の子どもたちですが、世界的な演出家ジョン・ケアード氏がプロデュースする「超一流公演」です。

和太鼓演奏や合唱・朗読や踊りが繰り返され、全体で一つのストーリー(作曲・脚本:佐藤三昭さん)を構成します。日本の子どもたちは「ねがい」というタイトルの群読で、日本でおきた地震や津波のシーンを表現しました。

伊藤さんがアメリカ公演を振り返ります。
「津波がきて『にげろ!』というセリフシーンのとき、家族のことも思い出し、怒りや悲しみやいろんな感情が混じって、声がほとんど出ませんでした。しかし公演中、今までにないくらい自分の心を解放していました。公演中なのに初めて泣きました」。

練習と公演を通じて、どのような心境の変化が生まれたのでしょうか。
「私を含め、壮絶な経験を心の中にもっていても、遺児はそれをあまり表に出そうとはしません。しかし太鼓の演奏やミュージカルを通して、心を覆い隠していた皮がはがされ、心の奥底にある感情が溢れ出たんです」。
太鼓を指導した佐藤さんは「和太鼓は、魂の楽器」と例えます。「太鼓は全身を使って表現します。また言葉がない分、言霊を伝えられます」。

伊藤さんは「ミュージカルで、震災という過去を直視できました。心を解放したからこそ、『もっと生きたい』という思いになりました。それが『ねがい』だったのかなと思っています」。

アフリカ遺児に感動

伊藤さんがさらに感動したのが、アフリカの子どもたちです。
「ここが自分の居場所とばかりに自分を解放して、笑顔で踊っていました。とても純粋に音楽を楽しんでいて、熱量がすごいなと」。

ゴリラなど野生動物が豊かで「アフリカの真珠」と呼ばれるウガンダ。しかし世界最貧国の一つで、5人に1人の子どもが5歳の誕生日を迎えられず命を失うといわれます。またエイズで親を失う人が後を絶たず、ミュージカル直前に母を亡くした遺児もいました。

そんな過酷な状況で、そして生まれた村を出たこともない子どもたちが、10000キロ以上も離れた日本で練習を繰り返し、さらにブロードウエイで一緒にミュージカルを作りあげたのです。
育英会によると、日本公演を見学した野田佳彦元首相は「鳥肌がたつほど感動しました。教育の大切さを改めて体感しました」と話したそうです。
一連の取り組みを、元TBS社員で玉井会長と親交が深い篠田伸二さんが監督となり、ドキュメンタリー映画「シンプル・ギフト」が完成しました。
篠田さんは「完成まで足かけ4年がかかりました。絶望の淵に立つ子どもたちが大きな目標をもち、希望と夢を獲得していくドラマチックなストーリー。この映画を一人でも多くの人に見てもらいたい」と話し、宣伝配給費を募るクラウドファンディングを始めました。

ドキュメンタリー映画「シンプル・ギフト」のクラウドファンディングサイト

100年先をみすえた、さらに壮大な構想

アフリカ最貧国の子どもを、日本やブロードウエイ公演に参加させる構想は、「あしなが育英会」玉井義臣会長の発案でした。

玉井会長は「ウガンダの子どもたちは、母国で音楽を教わっていません。しかし少し教えただけで覚えるのが早い。踊りや歌はすばらしかった」と子どもの成長に自信を深めました。

80歳を超える玉井会長は「今後はアフリカの時代になる」という信念のもと、「人生最後の仕事」として「アフリカ遺児高等教育支援100年構想」を立ち上げています。最貧国群といわれるサブサハラ49カ国から毎年一人ずつ世界の有名大学に留学させ、100年かけて母国のニューリーダーを育てようというものです。サッカーの本田圭佑選手など多くの有名人も賛同しています。

「国家百年の計は教育にあり。100年という壮大で長期的な運動だからこそ、広がりがある。アフリカと日本が継続的に親交を深めたら、日本はアフリカの『親戚の国』になりますよ」。

育英会の東京の事務所には、玉井会長の理念に共感した、海外トップ大学出身の外国人スタッフがたくさん働いていました。
「世界のASHINAGA」が次世代にわたってしかける壮大な物語。
今回の公演の参加者から、国を担うリーダーが生まれるかもしれません。

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