2020.10.21
100年後の当たり前は''セミが鳴く入学式''!? 未来のために私たちができること

今年の夏は暑かったですね。お出かけするのに日焼け止めと日傘が手放せず、クーラーをつけないと室内でも熱中症になってしまうくらい。かと思えば、夏はあっという間に終わり、早くも秋の気配。季節の移り変わりが早くなってないですか?
大雨や台風も年々多くなっている気がするし、気候がどんどん変化していっているよう。このままいくと100年後には……

真夏は1人1台クーラーを持ち歩かないと出かけられないくらい暑かったり、

気温が上がって、4月頃からセミが鳴いたりしてるのでは………???
と、不安が募りに募っていたところ、専門家の方に取材する機会をいただきました。

話を伺ったのは、気候変動の影響と適応策について研究している、国立環境研究所の肱岡靖明(ひじおか やすあき)さん。
50年後なら私たちもまだ生きている可能性が高いですし、100年後は孫世代が生きる時代。実は、あんまり人ごとではないのです。このままいくと、どんな未来が待っているのでしょうか?
気温の上昇で、お祭りや食などの「文化」が変わってしまう
── なんだか年々、夏の暑さが厳しくなっている気がします。実際のところ、地球の気温は上がっているのでしょうか?
今年の夏は大変でしたね。実感として明らかに暑くなっていますが、データとしても地球の平均気温は年々、少しずつ上昇しています。日本の最高気温もどんどん更新されていて、2018年に埼玉の熊谷で記録された「41.1℃」が、今年8月に静岡の浜松でも観測されました。
世界的にも暑くなっていて、今年5月にインドでは熱波で50℃近い気温も観測されています。インドは暑い国のイメージがありますが、5月の気温としては、過去18年で最高の記録です。「地球温暖化」は進んでいる、というのがここ10年ほどの通説になっていますね。
── 熱中症も昔に比べて増えていますよね。もはや人間の体が耐えられる暑さじゃなくなっているような……。
クーラーを付けたり、外に出る時は日傘を使ったり、暑さ対策が必要になっていますね。ただ、暑さをしのぐのも大変ですが、気温の上昇は私たちの食卓への影響も懸念されています。

例えば、寒い土地で作られていた農作物が、気温が上昇するとその土地で作れなくなってしまう、なんてことも起きてしまいかねません。気温は海水温にも影響しますから、養殖の海苔がうまく育たなくなったり、特産の魚が地元で獲れなくなったりする可能性もありますね。
── では、将来食べられなくなってしまう果物や魚もあるってことですか?
それは一概に言えないんです。例えば千葉で作れなくなっても、もっと北の福島で代わりに作れるようになるようなケースが考えられますから。
── なるほど。産地が北へスライドしていくと。
ただし、それで万事解決というわけではありません。なにしろ、「産地」と「ブランド」は結びついていますから、大分の佐賀関で水揚げされる「関アジ」が地元で獲れなくなると、長年かけて培われてきたブランドが失われてしまう。関アジと一般的なアジでは、1kgあたり1,500円以上の平均価格差(※1)があるという内閣府の調査もありますから、ブランドが失われれば、それだけ商品価値も下がってしまう。すると、地元の産業にも影響を及ぼすわけですね。
※1 2009年〜2015年のデータ。出典:地域の経済2017 第2章 第2節 「地域ブランド」の経済分析 - 内閣府(外部サイト)
農作物や水産物だけでなく、加工品への影響も大きいでしょうね。例えばお酒です。どのお酒でも、「原料は〇〇産の××米」のように決まっていて、蔵のある土地の風土に合わせた製法で作られています。気候変動で原料の産地や製法が変わってしまうと、もうそれは元のお酒ではなくなってしまいますよね。
── ワインや焼酎のような他のお酒や、味噌や醤油などでも同じことは言えそうですね。
私たちは気候に合わせて生活をしています。沖縄では台風に強い家に、北海道では雪や寒さ対策をした家に住んでいる。そして、伝統や文化もまた、土地の気候に合わせて生まれています。
お祭りだって影響を受けます。有名な「さっぽろ雪まつり」だって、気温が上昇して雪が減れば続けられなくなるかもしれない。気候変動は、長年培われてきた私たちの「文化」にも大きな影響を及ぼしかねないんです。
台風や大雨の数は減るが、激しくなっていく?

── このまま気温が上昇していった場合、どんな気候が予想されるんでしょう。例えば100年後とか。
いくつかのケースがありますが、仮にこのまま温暖化が進んだ場合、平均気温が世界で4.8℃、日本で5~6℃上昇するという予測(※2)があります。
※2 出典:IPCC第5次評価報告書 全国地球温暖化防止活動推進センター(外部サイト)
── 5~6℃……。最近の日本の夏は35℃を超える「猛暑日」が増えていますが、将来は40℃を超える夏が当たり前になってしまうかもしれない、と。
気候に限った話をすると、「夏」も長くなって、例えば7月から9月の間、ずっと暑いままかもしれません。平均気温が上がれば、日本の四季にも影響があるでしょう。
── 例えば桜がお正月に咲いてたり、セミが4月に鳴いたり、紅葉がクリスマスの時季になったりとか……。


── だんだん怖くなってきました。昨年9月の台風15号・19号や今年7月の豪雨は大きな被害を出しましたが、台風や大雨も年々増えていると感じます。災害も気候変動の影響を受けているのでしょうか?
地球温暖化による気温の上昇に伴い、より強い雨が降ったり、台風の数は減るけれどより強くなる、という予測はありますね。最近、大きな台風や豪雨が続いていることは確かですが、「数十年に一度」の災害がたまたま数年続いている、という可能性はあって。いずれにせよ、災害に対してもより厳重な対策が必要になりますね。

── 温暖化って「北極の氷が溶ける」くらいのイメージだったんですが、暮らしへの影響が大きいですね。思っていたよりも、ずっと身近な変化があるなと。私たちの子どもや孫がそんな暗い未来に生きなきゃいけないと思うと、どんどん気持ちが暗くなってきてます。
ここまでの話だけ聞いていたらそうですよね。ただし、安心してください。未来にはいくつかのパターンがありますから。
── ???
「社会のシナリオ」次第で、未来は変わる

── どういうことですか?
まず大前提として、未来の予測はとっても難しいんですよ。地球温暖化に関して、懐疑論が10年ほど前まで唱えられていたことはご存じでしたか?
── ネットの記事で見たことがあります。
そもそも地球は一個しかないから、実験ができないんですよ。研究室に地球を再現して、気候がどう変動していくか研究するなんて不可能なわけです。
── まあ、大き過ぎますもんね。研究室には入らなさそう。
ですから気候変動に関しても、スーパーコンピューターを使って仮想空間で計算と予測をしているんです。だから懐疑論派の方が「あくまで計算じゃないか!」と言いたくなるのもわからなくはなくて。
ただ、いろんな仮説やデータを入れて計算すると、どう考えても現在の気温上昇の理由を説明できない。そこで逆説的ですが、人間の出す温室効果ガス(CO2など)によって地球が温まっているのは確かだろう、とここ10年ほどでそんな結論が出たんです。それ以来、懐疑論もあまり目立たなくなってきました。
── 話が複雑になってきましたが、とにかく地球温暖化は進んでる、と。先ほどの未来予測もスーパーコンピューターの計算によるものですか?
ええ。ただし100年後くらいがギリギリで、それ以上はスーパーコンピューターでも予測は容易ではありません。なぜかというと、社会像が設定されていないから。
── 社会像というのは?
人口がどれくらいで、どんな産業がメインで、何を食べているかなどのデータがないからです。こうした「シナリオ」と呼ばれる分野は別の専門家がいて、私たち気候変動の研究者は、そのシナリオを用いて将来の気候を予測します。
── 社会の想定は別物……。あ、つまり仮に気温がどんどん上昇しても、それに対応できちゃうすごい技術が開発されるかも、みたいな話ですね。
そこまでいくと、私たちの専門外なので。あくまで「人類が温室効果ガスをどれくらい出すと、何度くらい上がります」という未来を予測しているわけです。なので未来のパターンの話に戻ると、「温室効果ガスをこのまま出し続けた未来」と「何年後までに、何%削減した未来」のように、いくつかの予測があります。

先ほどの「1月に桜が咲く」ような未来は、温室効果ガスをこのまま出し続けた、いわば最悪のパターンです。そうならないための対策を、私たちは皆さんにお伝えしたいんですね。決して怖がらせたいわけではありません(笑)。
私たちは意外と対策できていた?

── でも温暖化対策って、アイドリングストップとかそういうやつですよね。個人レベルでどうこうできることが少ない気がして、どうにも自分ごとにならなくて……。
いえいえ、意外と皆さん、気づかないうちに対策してると思いますよ。例えば今日、夕方に通り雨が来ましたよね。あの時、天気アプリを確認しませんでしたか?
── 雨雲レーダーを見ましたね。いきなり大雨が降ることが増えたので、出かける前に確認して、傘を忘れないようにしたり、屋外で雨に遭わないように予定を組んでいます。
いい対策ですねえ。
── え、そんなことでいいんですか?
この夏、熱中症に備えて何か気をつけていましたか?
── はい。家でクーラーを付けるようにしたり、日傘をさしたりとか。

「いいですね。対策できてるじゃないですか!」
── すごく小さいことばかりですけど、なんだか無理に褒めようとしてませんか?
そんなことないですよ(笑)。気候変動の対策には「緩和」と「適応」の2種類があるんです。いま挙がった小さなことも、気候変動の影響への「適応」と呼ばれる、立派な対策なんです。

出典:気候変動適応情報プラットフォーム(外部サイト:PDF)
── 「適応」というと、変化に合わせて対応する、みたいな意味ですよね。それが対策???
ええ、気候変動による環境の変化に合わせて、社会の仕組みや一人ひとりの生活を変えることが「適応」です。いろんな例があるんですよ。
一見ややこしく見えますが、意外と「もうやってるな」ということが多くないですか?

出典:気候変動適応情報プラットフォーム(外部サイト:PDF)
── たしかに。さっきの熱中症対策もそうですが、「ハザードマップを見る」とかも、それくらいでいいんだな、と。
「それくらい」でも、立派な「適応」なんですよ。ちゃんと気候変動への対策につながっているんです。
もちろん、個人に限らず、国や自治体、企業が取り組んでいる「適応」もあります。駅や都市、沿岸部の洪水や浸水対策、そして農業や畜産現場で気温上昇に備えた品種改良や設備の改良がそうですね。
── 温暖化対策としてよく聞く「アイドリングストップ」なんかはここに入らないんですか?
CO2を減らすなど「気候変動の原因を少なくする」対策は「緩和」と呼ばれます。再生可能エネルギーを活用したり、森林を増やしたりするのも「緩和」ですね。もともとは「緩和」のみで解決しようという考えが主流でしたが、気候変動の被害が発生するようになり、「適応」が重視されるようになってきました。「緩和」と「適応」をどちらも続けて、地球の未来を良くしていきましょう、という風な世の中に変わってきているんです。
緩和と適応の積み重ねで、いい未来をつくろう
── お話を聞いていたら、100年後の未来も少し変えられそうな気がしてきました。
私たちの行動によって、どんな未来になるかが決まります。でも、どんな行動をするかが大事かとはいえ、無理はしたくないですよね(笑)。CO2を減らすために江戸時代の暮らしに戻ろう! なんて言われても、私も嫌ですし。
一番いいのは、みんなで少しずつ工夫して、「気づかないうちに良い未来になっていた」ことじゃないかなと。小さなことを続けていくことが大事なんです。

── 小さなことから、コツコツと。
逆に言えば、緩和も適応も何もせず、今までの生活を続ければ、厳しい気候に晒されながら生きるつらい未来が待っている、と言えます。
無理はしないでもいいけれど、手遅れになる前に、小さな対策から始めることがとても大切なんです。自分の暮らしの中でやっている「適応」を自覚することも、その第一歩かもしれません。「緩和」ももちろん大事なのですが、個人のレベルでいえば、「適応」を意識していただけたらなと。
今年の夏に九州を襲った台風10号で、避難所ではなくホテルに避難している人たちがニュースになりましたが、あれも立派な「適応」だと思いますよ。
── 災害に備える、という意味で。新幹線を水没に備えて避難させたりもしていましたね。人々の意識も、少しずつ変わっているような気がします。
そうですね。新型コロナ感染症は人類に非常に大きなショックを与えましたが、その結果、人々の意識を大きく変えた影響もあると思っていて。今までは「出社するのが当たり前」な前提の未来でしたが、リモートワークが大丈夫とわかった後は、「巨大台風が来るから、山手線を48時間止めます」なんて適応もありえますよね。新たな未来の可能性も生まれたな、と。
── 今日教えていただいた「適応」の例も、一つひとつはシンプルなことばかりでしたし、まずはやってみることが大事かもしれませんね。私も帰ったら、我が家の暮らしについて改めて考えてみます。
気候変動は決して難しい話ばかりじゃないんですよ。これまで地球温暖化の話になると、「小さくなった氷山の上で白熊が泣いてる」みたいなイメージが多かったのが、ずっと歯痒くて(笑)。もっと身近で「私たちに関係あること」なんだよ、とお伝えできたら何よりです。
── できる範囲の「適応」から、楽しみながらやっていこうと思います!