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エルマの読みもの

伝統の和菓子作りが
エンターテインメントに!
「魅せる和菓子」で世界に挑む

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<center>伝統の和菓子作りが<br>エンターテインメントに!<br>「魅せる和菓子」で世界に挑む</center>の写真

横須賀の和菓子店の三代目として育ち、「茶道」のように、おもてなしの精神を持ってお菓子を創作し振る舞う、「菓道」を提唱している三堀純一さん。


世界初の「和菓子作り」でのライブパフォーマンスは毎回、販売と同時に完売御礼に。静寂の中で行われるパフォーマンスに、いつの間にか涙を流す方も。日本の「伝統文化」を「未来」へとつなぐために、世界の舞台に挑戦し続けている三堀さんに、ご自身のキャリアや和菓子業界の「現在」と「未来」について伺いました。


自分にとっての当たり前が「エンターテイメント」になった瞬間


--「和菓子屋の3代目」として、どのように子供時代を過ごしてきましたか?
3兄弟の長男であったことから、和菓子屋の後継者として、いつから作っているか記憶がないほど幼いころから和菓子を作っていました。半分泣きながらお手伝いをしていたことを覚えています。

その頃から「自己表現欲」が強く、20代の頃は和菓子屋ではなく「ミュージシャン」を目指していました。

--20代後半でアメリカのフェスティバルに日本の和菓子屋さんとして参加する機会があったとのことでしたが、反応はいかがでしたか?

自分にとって、和菓子を作ることは、物心ついた頃から行っている身近なことでした。
そんな日常的に工場で行っている当たり前の「和菓子作り」を、たまたま参加したフェスティバルで、アメリカの方々が「エンターテインメント」として捉えてくれたことは大変新鮮な経験でした。

--帰国後、心境の変化はありましたか?

自分の「和菓子作り」が「エンターテインメント」として認められることにうれしさを感じましたが、学生時代の同期が「和菓子作り」のスキルを磨いている中、ミュージシャンを志望し、日々ライブハウスに通っていた自分は、「和菓子作り」のスキル面で劣っているという自覚がありました。

なので、帰国後は、和菓子に対する向き合い方を変え、独学で勉強をし直しました。



なぜ? 急成長を続けるビジネスを縮小させた理由とは


--その後、どのように「和菓子」でのキャリアを築いていったのですか?
海外での経験をきっかけに起こった心境の変化を父が見抜き、その後会社を任されることになりました。ですが、会社を任され始めた当初は、なかなかビジネスが軌道に乗りませんでした。

そんな中、「テレビチャンピオン」というテレビ番組に出場する機会をいただき、他の和菓子職人の方と横のつながりができました。

自分の抱えている葛藤や苦しみを理解してくれる人たちとの出会いによって、和菓子について「より深く勉強しよう」という気持ちが強くなると同時に、「和菓子業界をどうにかしたい」という思いも芽生えました。

「テレビチャンピオン」への3回目の出場で優勝し、同時期に「かりんとうまんじゅう」という商品がヒットすることで、「ビジネス」がうまく回りだし、事業の急成長につながりました。

--事業が成長しているにもかかわらず、全国に拡大していた店舗を「横須賀」の1店舗に縮小した理由は何ですか?

ビジネスとしては急成長を遂げましたが、「売る人は増えたが、作る人は増えない」という点に頭を悩ませていました。みなさんが「お菓子屋さん」という言葉からイメージするのは「ケーキ屋さん」であり、「和菓子屋さん」ではありません。

それを変えていくためには、自分が「和菓子屋として成長」することで、「技術者や後継者としての若者たちの育成」や、「和菓子業界を誘導」していく必要がある。それこそが自分のやりたいことであると気づき、事業の縮小を決意しました。


「自己表現」の素材としての和菓子。そして、「夢」と「お金」の違い


--その頃、動画サイトなどで、世界や若者から注目される「和菓子アーティスト」という肩書が出てきましたが、新しいジャンルについてはどう思いますか?

独自の感性で国内外から注目される「和菓子アーティスト」は、プロの職人でこそないですが、「自己表現」の素材として和菓子を使い、和菓子に興味がなかった若者たちをひきつけている点で、今後の和菓子業界において、重要で「味方につけるべき存在」であると思います。

しかし、プロの「和菓子職人」の方々の捉え方は異なり、若い「和菓子アーティスト」を「素人」と呼んでいることに違和感を覚えました。

--三堀さんは、「和菓子アーティスト」と「和菓子職人」の両者にどのような違いがあると考えますか?

「和菓子アーティスト」は、自分の「夢」を発信するために和菓子を作っていて、人をひきつける力がありますが「マーケット」すなわち「お金」を見ていない傾向にあります。

優れた技術を持っているにもかかわらず、自分の作り出す商品に自信を持って値段をつけることができないため、一般の方の目につく機会をつくりだせないでいます。

一方で、「和菓子職人」は、和菓子で売上を作るために、常に「マーケット」を見ていますが、特に若者たちをひきつける力が弱いという点が両者の違いであると考えます。

また、日本の職人は一般的にシャイなので、「自分」ではなく、「暖簾(のれん)」を出す、または、「良いもの」を出すという傾向がありますが、お客さんは和菓子に対して、そこまで知識がある訳でも、興味を持っている訳でもない。

人をひきつけることができなければ、和菓子業界はどんどん縮小していってしまいます。そんな状況に対して危機感を感じていました。


向こうから呼ばれるまでは「パリに行ってはいけない」




--数多くある「和菓子」の中でも「煉り(ねり)切り」を武器にして、世界に挑戦する理由は何ですか?

日本でもグローバル化が進み、海外の人や物、文化のやりとりが増えることで、日本の伝統が薄くなっていく可能性があるのではないかと考えています。

しかし、海外からは、「クリーム大福」でも、「バターどら焼き」でもなく、「日本の伝統的な物」が求められることから、伝統的な素材であり、文化である「練り切り」を武器に選びました。

--海外を舞台として、公演を多く行なっている理由は何ですか?

「浮世絵」や「日本酒」、「着物文化」のように、日本の伝統文化の地位を日本で再度確立するには、海外、特に欧米圏で評価を受けた後、逆輸入する必要があると考え、海外での公演を始めました。

世界に向けて影響力の高いパリで公演をするにはどうすれば良いかとある方に相談したところ、「パリには呼ばれるまで行ってはいけない」というアドバイスを受け、まず上海や香港など、アジアのハブ都市で公演を行いました。

ベトナム、バンコクで公演を行っているあたりで、パリから声がかかり、2017年に目標としていたパリでの初公演を行い、その後、ニューヨーク、トロント、オーストラリアなどでも公演を行いました。


業界繁栄のために「暖簾」ではなく「個」を見せたい


--「洋菓子職人」と「和菓子職人」の違いは何だと思いますか?
両者の違いを考えるにあたり、ヒントとなったのは、茶道家の先生のお点前をいただいた時のことです。

「茶道家、画家、書道家、陶芸家」には全て「家」が付いていますが、お菓子は「〇〇屋さん」と「屋」が付いています。

その違いは「個人」が見えるかどうかです。

「家」からはアーティストとして「個人」を意味する「個」を感じますが、「屋」においては、「個」の前にブランドという「暖簾」があり、それが若者に魅力を伝える上で邪魔をしているのではと考え、「菓道」を提唱し、「菓道家」として活動を始めました。

また、「洋菓子」では、「和菓子」よりも「個」が強く、「スタープレイヤー」が見えやすいことが特徴です。

脈々と引き継がれる重みがある「暖簾」と対照的に、「スタープレイヤー」が見えるということは、若者に対しても業界の魅力をアプローチしやすいのではないかと思います。

和菓子業界の将来的な繁栄には、「洋菓子」のアプローチ方法を見習い、「和菓子」においても「個」を見せていくことが重要であると考え、私自身も「魅せる」ことで「個」を表現していくことを選びました。


新たな和菓子のトレンドを、海外からの逆輸入で作る


--今後一番やりたいことは何ですか?
「洋菓子」において、パティシエブームが来たことで、「街のケーキ屋さん」が「パティスリー」になり、業界の単価が上がりました。それを見習い、和菓子業界の単価もあげていきたいと考えています。

また、洋菓子業界では、構造の変化がおこり、工場生産品と職人の手作りというジャンル分けができましたが、未だ和菓子業界では、それができていません。

今後、街の和菓子屋さんは衰退していくと思いますが、和菓子アーティストなどの影響で、和菓子の認知は広がることになると考えています。

日本酒やコーヒー、ワインのようにシンプルな素材によって作られている和菓子だからこそ、オタクが生まれやすく、「おはぎ」だけを専門に特化した人々も登場したりと、新たな和菓子の成長の可能性にも期待しています。

しかし、そのトレンドが始まるのは日本からではなく、海外から火がつくことで、日本へ逆輸入されるので、私は現在でも海外での公演を続けています。

--なるほど。それが三堀さんの「夢」ということですね。先ほど、「夢」と対になるものとして「お金」を挙げられていましたが、三堀さんはどちらの方が重要だと考えますか?

人をモチベートするものは、「夢」か「お金」のどちらかですが、その両方に優劣はなく、ともに必要なものだと思います。

私自身、初めは「ミュージシャンになりたい」という「夢」を追いかけていて、その後、「お金」を求めて、和菓子での事業を展開することになりました。

最終的には和菓子業界の繁栄という「夢」が自分にとって大事だということに気づき、今後もその優先順位が変わることはありません。

「夢」と「お金」に優劣はないといいましたが、「夢」の発信によって、「お金」という形で、支援してくれる人が現れることもあります。「夢」から派生して、「お金(マーケット)」につなげていけたらいいですね。

三堀 純一
一菓流菓道 宗家、菓道家和菓子司いづみや 三代目当主、日本スイーツ協会 理事

自身の経験より「煉切造形の世界」を、そのお道具や所作も含め「お点前」として、「茶道」のように、おもてなしの精神を持ってお菓子を創作し振舞う、「菓道」を提唱。「菓道 一菓流」を自身の流儀として開祖。
現在主に海外での和菓子の作り方や、「菓道」における所作、理念指導にあたる。

越中正人
カメラマン(studio Koshinaka Masahito)

カメラマン・ディレクターとして、写真撮影からビデオ撮影・編集まで映像・写真制作を専門に行っている。近年、新しいプロジェクトとして「出張 生前遺影撮影」を開始。開始直後からTV等のメディアに取り出される。制作物には芸術家として活動している側面が大きく反映されているため、常識にとらわれないアプローチがなされている。

どこにでもあるものより、なかなかないもの。
太陽の香りがしたり、人の手の温度を感じる。
大事に生まれたものは、大事にしたくなるものです。
そうだ。こだわりは、ごちそうなんだと思う。
もっと知ってほしいもの、あなたに届けたいもの、見つけました。
好きって、エールなのかもしれません。