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「旨味は木に宿る」40年以上の職人技が生み出す果実の輝き

艶やかな赤が映える、高級感あるさくらんぼ。かむとじゅわっと果汁あふれる、大きな桃。
「菱沼農園」の菱沼健一さんは、くだもの作りの名人です。そして名人の目は、「果実」ではなく、果実がなる「木」に向いています。木を丹精込めて育てることにこだわる菱沼さんに、自慢の木を案内していただきました。

※東北エールマーケットでは、リニューアル前の「復興デパートメント」記事の中から、今も伝えるべき好評だった記事を再掲出しています。この記事は2014年4月に公開されました。

艶やかで、みずみずしい「芸術品」

果実の輝きやみずみずしさは、まさに「宝石箱」です。
佐藤錦のさくらんぼは、艶やかでハリがあるため、濃い赤色の果実から高級感あふれる光が輝き出します。
「皮がおいしいんです」という大きな桃は、シャキシャキした皮と、じゅわっとあふれ出す甘い果汁が同時に楽しめます。皮と果肉は3日経つと離れるので、皮がおいしく食べられるのは、新鮮さの証です。
いずれも菱沼さんの40年以上のワザと経験から生まれた「芸術品」です。

「木」を作るこだわり

「私たちは、くだものをつくる農園ではありません。育てているのは『木』と『葉』なのです」。
菱沼さんは、「木」への妥協なき努力を40年以上続けてきました。「伸び伸びと育てたい」というイメージを木ごとに描いていきます。「実際は、木にあまり手を加えません。働き者の『木』と『葉』のお手伝いをしているんです」。菱沼さんはこう表現します。

「手を加えない」といいますが、木が成長する時期にあわせ、適切な作業をするのが「名人」です。作業は雪積もる冬から始まります。剪定(せんてい)という、枝を整える作業です。「剪定しないと、木がもじゃもじゃに育って、逆に枝が枯れてしまいます。太陽の光を幹の根元までしっかりあてるイメージを作り、枝が生き物のように大きく伸びた『樹形』をつくります」。

葉のつくりにもこだわります。「良い葉は、葉肉が厚く、大きく、つやがあります。すると、葉が活発に働くんです」。葉の力を生かすため、モリブデンやマグネシウムなどの微量要素を、葉に入れます。葉面散布と呼ばれる方法です。

手で感じる旨み

雪解けの春、摘蕾(てきらい)と呼ばれる作業で、花芽の数を減らします。芽を減らし、残った芽に養分をためることで、大きく旨みのある果実につなげるのです。
「桃なら全体の9割の花を落として、残り1割に養分を集中させます。『この芽を大きな桃に実らせる』と、ソフトボール大の桃が実るイメージをして、花を残します」。

菱沼さんの実際の摘蕾は、高速に摘み取る名人芸です。「親指から中指までの3本指と指の腹を使い、やさしく摘み取ります。両手が動く間は脳卒中にならないですよ」と笑います。
くだものは最後、自身の力で大きく実るといいます。「たとえば桃は、収穫10日前からぐーっと大きくなります。その時期に太陽が照りつけると、糖度が上がり、大玉になるのです。最近は夏に日照が多いので、桃には最高の環境ですよ」。

「名人」は指の感覚を大事にします。「良い葉はごわごわしているので、葉の状態を確認します。ももの収穫では、触れば完熟しているかがわかります」。どういうことでしょうか。「桃の表面の毛は、熟すとだんだん取れていきます。毛深い桃は未熟なんですよ」。
「木の健康管理が仕事の基本」という菱沼さんは、まさに「木のお医者さん」。子どもの健康状態を優しく確かめるように、指先に神経を集中させて木や果実の状態をチェックしていきます。

あくなき買い手ニーズの追求

菱沼さんの「名人技」は、くだもの作りの段階にとどまりません。販売でも工夫をこらす「プロデューサー」でもあります。おいしさが引き立つよう、色つやや糖度、箱に入れる角度までこだわります。
圧巻は、さくらんぼの糖度を一粒一粒測定していることです。通常さくらんぼは糖度を測る必要のない果物ですが、菱沼さんは妥協しません。「さくらんぼは、収穫してからが勝負です。国内でもあまり導入されていない機械ですが、糖度と粒の大きさや形がわかります」。

収穫の時間帯にもこだわります。朝5時から約2時間が勝負です。「朝は、朝露で見た目にハリが出て、日持ちもするんです」。朝獲れは、魚だけでなく果物にもよいようです。

箱詰め作業も手は抜きません。「佐藤錦のさくらんぼには、表と裏があるんです。ぷっくりした表を向けて並べると、きれいに見えますよ」。人の力に機械の力も加え、高い品質を保ちます。
菱沼さんは、買い手に媚びるわけではありません。「お客さんが求めているのは、『おいしいくだもの』です。おいしく作ったものを、いかにPRしてお客さんに食べてもらえるかを考えています。そのためには、見た目の『おいしさ』も重要ですね」といいます。そして多くの品種を育てることで、長い期間にわたり商品を届けることができるのです。

農園は、飯坂温泉という東北地方有数の古湯の近くにあります。当初、温泉客が主要顧客でした。その後温泉客向けの事業は曲がり角に立ち、買い手への直接販売に力を入れます。菱沼さんはニーズと市場の変化を肌で実感しながら、「お客さまの求めるものを常に追及しよう」という熱意で創意工夫を繰り返します。

「おいしいものを、よりおいしく」。農園のキャッチフレーズです。

広く農園の状況を知ってもらおうと、情報発信にも力を入れています。公式サイトでは動画をふんだんに使います。農園の四季の移ろいやくだものの育て方を、わかりやすく、しかも毎日発信しています。販路も九州にまで広げてアピールしています。

「農業をもっと知って」

菱沼さんの所有する農地は、実は現在、原発事故前の2倍に広がっています。毎年1ヘクタール増え、現在9ヘクタールです。高齢化で担い手が減り、原発事故を機に農地を手放した人が多いのです。菱沼さんは「豊かな土地なのに、もったいない」と胸が痛みます。

菱沼さんは、増える農園に対応すべく、法人化を決断しました。毎日10~20人の人手を借りて、作業しています。「職人」でありながら、会社経営にも力を入れるのは、福島とくだものへの強い思いからです。「一粒でも多くの人に、食べてもらいたい。そして、農業を知ってもらいたい」。農場を使ったベリーダンスショーなどイベント企画にも取り組み、農業への接点作りに取り組んでいます。
「農業で仕事をして、自然の中で子育てしながら楽しむ生活をしてほしいですね」。

菱沼さんの息子さんも跡を継いで農業の道を歩んでいます。木を育てた名人は、次は「人材育成」を目指しています。