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エルマの読みもの

市場から生まれる
「作る人」と「買う人」のつながり

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豊洲市場「住民」の井上です。


2004年以来、市場の新参者として過ごさせてもらっています。
世界中から人と食品が集まる市場の面白さと、私が日々どのように過ごしているかをお伝えしていきたいと思います。


市場は網の目のように地方と首都圏をつなげています。


大ざっぱに青果物を例にとって説明すると、地方ごとにJAが管理する「集荷場」というのがあってそこに地域の生産者さんが野菜や果物を持ち込み、それが大きなトラックに詰め込まれ、豊洲などの市場に運ばれていきます。


「なぜ豊洲市場にもってくるのか?」というと理由はシンプルで「そこに買う人がいるから」です。


その買う人は誰かというと、スーパー、八百屋、魚屋、百貨店などのバイヤーと呼ばれる仕入れを担当している人です。そこから各売り場に行き、そして店頭に並び、お客様が買っていく。こういう流れになっています。


お客様がいる場所は「消費地なんて呼ばれます。堅苦しいですね。
ちなみに私は
バイヤ1人。


〇生産者と消費者がつながるイメージ

たくさん欲しいと高くなる? 資本主義が通じない世界

よく売れる商品があるなら、もっと仕入れたいと思いますよね。
そこで、産地に「もっとたくさんちょうだい」と伝える。そうすると、なんと価格が上がります。

ここが一番不思議がられるところです。
だって、普通はたくさん買うと安くなる。資本主義経済の鉄則ですよね?

農作物が他とちょっと違うのは、量を増やすのには数年かかるということです。
欲しいと思っても生産量は簡単には増えないので、「今あるものを、他より高く買うからください」という話になります。

つまり価格が上がります。

ところが、実際はそう簡単な話ではありません。
売る側は「いやいや、高く買ってくれるのはうれしいけれど、来年は買ってくれる? 今いるお客さんが買える量を減らすと、他の産地のものを買ってしまうからさ」と言われてしまいます。

増やすとの同じように、減らすのも難しいのが農作物。

今買ってくれているバイヤーが他の産地にくら替えしてしまっては大変なので、簡単には譲ってくれません。そんなことが日々行われています。

たくさん欲しいと高くなる。長期間継続して取引することが前提になる。
それが、市場です。

「俺があの果物を作った」ブランド化に貢献した立役者たち

先日、とても高品質な果物を作っている生産者が「市場に出しても高値がつかない」と漏らしていました。なぜでしょう?

簡単にいうと、その品物に価値があると思っている人数がまだ少ないからです。どんなに良いものでも値(価値)をつける人が複数いないと相場は上がりません。

市場は長い時間をかけて、「この品物は良い」といってくれる人の数を増やしてきました。そこにはいつも立役者になる人がいます。

特に高度成長期からバブル期にかけての武勇伝は多く、「俺があの果物を作った」という人を1つの果物につき20人くらい知っています(笑)。

それは、JAの担当者や、生産者の代表、剛腕の仲卸だったり、カリスマバイヤーだったりするのですが、彼らが「ハブ」となって生産者がいる地域と消費者がいる首都圏をつなげ、「ブランド」を作っていったのは確かだと思います。

決して1人の力ではなく、かといってベタベタな協力関係にあるわけでもないのですが、そのハブとなる人たち同士がつながることで、何かが生まれています。

そういう人たちが、人知れず集まっているのが市場です。

平均化されたおいしいも大事。でも、個性が輝けばもっと楽しい

市場には2つの重要な機能があります。
1つが「情報を伝えること」、もう1つが「商品を届けること」です。

かつてはこれが一体化していました(つまり、店舗で商品を見たり触ったりして情報を得ながらその場で購入する)が、今は情報だけ先に手に入れて、そこから気に入ったものを何らかの形で届けてもらうことができます。

これって、「産地直送だけが手段ではない」というところがミソです。

市場にはデータベース的なものがないので、情報を入手するのは結構大変です。
特に昔はPCやスマートフォンなんてありませんから、さらに大変だったと思います。

市場でセリ人が産地から来たものを見て、電話か、運んできた人から聞いたりして、「これはおいしいよ」、「旬だよ」なんて話をしていたのだと思います。勘違いもたくさんあったでしょうね…

一方で、流通の仕組みはすごい。
各地域に「JA」というネットワークを作り、たくさんの生産者が作ったものをまとめて消費地に集める仕組みを作った戦後の流通業者を心から尊敬します。

今は、この「たくさんの生産者が作ったもの」の作り方を統一したり、糖度基準を設けたりして、1つのブランドとして扱っています。みんなで1つのおいしいものを作ろうというのが、現在の果物の中心的な考え方です。

これってもっと細分化できないかな、と思っています。
その地域や生産物が持つ固有の魅力をいろんな角度で切り取り、消費者の元へ届けられないかな、とも。

もちろん、平均化された安定的においしいものも大事ですが、もっと個性が出ていけば、産地も工夫ができて楽しいし、消費者もその変化を楽しめると思うのです。

生産者と各業界のプロが「仲間」に! 各地で起こる新たな動き

豊洲市場に「池元くん」というセリ人がかつていて、27歳の時に家業(かんきつ農家)を継ぐために鹿児島に戻りました。

彼は市場にいた時のあらゆるネットワークを駆使し、鹿児島で自らすごいデコポンを作るだけでなく、九州を中心に生産者ネットワークを形成しています。

ネットワーク形成というと堅苦しいですが、ようは「仲間」を作っています。

その生産者の所には、われわれバイヤーだけでなく、セリ人や飲食店や観光会社などの仲間も一緒に訪ね、どうやって販売していこうかみんなで考えたりします。

池元くんたちの商品は既存の流通で豊洲市場にきて、そこから出荷しています。商品は首都圏の方を中心に届けられるので、その方が、効率が良いのです。

私はこういう既存の流通を使いつつも、情報の得方や販売の仕方を変える動きに、「新たな市場の姿」を感じます。

「会う」から「SNS」に変わっても、変わらなかったもの

私が市場にきて15年が過ぎようとしています。

市場の歴史からすると微々たる時間ですが、その間に「電話からPC」、「PCからスマートフォン」と情報伝達の手段が変わり、それにより販売の形も変わりました。

それでも変わってないのが、「ネットワーク」です。

時代は変わっても生産地と市場、市場と小売店、小売店とお客様のつながりは変わっていません。このネットワークには常に「ハブ」になる人がいて、その人は「人と人を結びつけること」に長けているなと思います。

市場に来た当時、コミュニケーション手段はまだまだ「会うこと」と「電話」でした。

昼からお酒が出てくる事に面くらい、生産地での4次会まである飲み会に閉口していましたが、そこには頼りになり市場のいろはを教えてくれた、ハブになる先輩たちがいました。私の父親の世代です。

その先輩たちも引退しはじめ、また新たな手法でネットワークを構築する時代になるのかなと思っています。

最近のやりとりはもっぱら「SNS」で、インターネットで商品を販売する際にページで使う写真でさえもSNSでやりとりできます。

生産地への取材は旬の時期に行くことになるので、ページが完成する頃には旬の時期が過ぎてしまい、その年は販売できない事も多々あったのですが、写真のやりとりができると、すぐにインターネットで販売できます。

今、どれくらい育っているのか、糖度はどんなものか、そんな事も豊洲にいながらわかります。これは画期的な事です。
私はまだまだ「鼻ったれ」と呼ばれている、豊洲市場の若造です。

先輩たちほど剛腕でも、飲めるわけでもありませんが、私なりのやり方で「ハブ」となる存在になりたいと思っています。

それは日本中で作られる食材に興味があり、それが食卓に並ぶことが私自身幸せだからです。生産地と消費地をつなげていき、世のおいしいもの好きを楽しませていきたいと思っています。


筆者紹介


豊洲市場在住 食のプロデューサー
井上 真一

豊洲市場在住 食のプロデューサー 井上 真一

2004年にスタートした豊洲市場ドットコム(旧築地市場ドットコム)。
以来、100年以上続く店舗がひしめくなか、市場の新参者として過ごさせてもらっています。世界中から人と食品が集まる市場の面白さと、「肉食系」の男女が集まる市場で、「雑食系」の私がどう過ごしているかをお伝えしたいと思います。



どこにでもあるものより、なかなかないもの。
太陽の香りがしたり、人の手の温度を感じる。
大事に生まれたものは、大事にしたくなるものです。
そうだ。こだわりは、ごちそうなんだと思う。
もっと知ってほしいもの、あなたに届けたいもの、見つけました。
好きって、エールなのかもしれません。